Erernl Mirage (最終話)
あれから何年の月日が経っただろうか? プロンテラにある女所帯も様変わりし、クリシュナ宅は修羅を目指す女の子が何人か住むようになった。
ル・アージュやヴァーシュはと言うと、結婚を機に女所帯を出て行った。
ネリスはネリスで、実家には帰ったものの花嫁修業の一環で、フレアに料理を習うために毎日通っている。フレアも下宿生の料理作りが助かるため、ネリスがいることをありがたがっているようだ。
クリシュナ自体は弟子は取っていないが、若きモンク達のお母さん役になったり、相談ごとに乗ったり、技術の伝達など、寮母的な存在になっていた。
下宿してるモンク達は、カピトリーナや大聖堂の孤児出身で、比較的に冒険者ギルドの多いプロンテラを拠点としているため、それぞれの師匠についてはいるが、独り立ちするには若すぎるので、クリシュナが引き取っているのである。中にはクリシュナの弟子であったカー・リーの弟子も女所帯に住んでいる。
そう、女所帯は現在女性モンク達の下宿先となっているのだ。
「先生! 行ってきまーす」
「うん、行っといでー」
今日も朝早くからモンク達が元気に自分たちの師の元へと出かけていく。
「うーん! 今日も暑くなりそうねー」
クリシュナがモンク達を見送ると、玄関先で一伸びをする。すると・・・
振り向いたクリシュナの前には、大荷物を背負った白髪の女性、「ルシア・フラウディッシュ・シャナ」が、赤髪にクラシカルリボンを付けた小さなソーサラーの女の子を伴って立っていた。
「ルシア・・・、15年ぶりに帰ってきたか。おかえり。老けたわねぇ・・・」
「姉さんこそ。白髪になってないだけでも若々しいわ。気功のおかげってやつ?」
15年ぶりの再会に笑いあうなか、小さなソーサラーはルシアの背後に隠れるようにしてクリシュナを見ていた。
それに気づいたクリシュナは、「その子は?」とルシアに尋ねる。
「ああ、この子は私の娘よ」
「娘?! あんた・・・、子供は産めないはずじゃ?!」
「言ってみれば養子ね。「おばあちゃんでもいいのよ」って言ったんだけど、この子、「お母さん」としか言わないのよ。ミスティア、この人はお母さんのお姉ちゃんよ。安心しなさい」
そうルシアは言ったが、ミスティアはルシアの背後から動かなかった。
「警戒されてるわね、私・・・」
「人見知りが激しいのよ。気にしないで」
「まぁ中に入りなさいな。積もる話は中で聞くわ」
こうしてクリシュナはルシア達を女所帯の中に招き入れる。
「変わってないわね・・・、懐かしいわ」
「姪っ子達が結婚して出て行ったしね。空き部屋のままってもったいないから、ちょっと改造して若いモンク達を預かることにしたのさね。カー・リーの弟子もいるわよ」
「へぇ~、あの子弟子を取ったんだ」
居間に通されたルシア親子に、フレアは紅茶とぶどうジュースをそっと置いて行った。
「ヴァーシュもルアも結婚して出て行ったし、ネリスは実家に帰ったものの「彼氏できたときに料理できないと困るー」って、フレアに料理を習っているわ。毎日ね」
「ネリスがねぇ・・・。そういえばリーナは?」
「あの子なら刹那君と結婚して、ルティエの教会に派遣されたわ。子供も授かって幸せに暮らしているわよ。もう10歳になるかしら?」
「へぇ~」
「あら驚かないわね」
妹の反応がそっけなく、クリシュナは拍子抜けした。
「パルティナは?」
「あの子なら孤児院の責任者に任命されて、毎日子供たちに囲まれて幸せそうよ」
「あの子らしいわね」
「あんた・・・、ずいぶん達観したものねぇ・・・。苦労してるみたいね」
「意外かしら?」
紅茶を口にし、メガネをくいっと上げるルシア。
「姉さん、ベッドを貸してくれるかしら?」
「あら、よっぽど疲れてたみたいね」
「ちょっと歩かせ過ぎたかしら? まぁ結果はわかっているんだけどね、横にさせなきゃ・・・」
ルシアは自分に寄り掛かって眠りについた娘に視線を向けると、ため息交じりに抱きかかえてクリシュナの部屋に向かう
「さすがにカプラ移動は疲れたか・・・」
「あんた、何処からプロンテラに帰ってきたのさね?」
「ジュノーよ」
ルシアはそう言ってクリシュナの部屋にある自分のベッドに娘を置いた。
「・・・そう、飛行船にトラウマがあるのか・・・」
「リヒタルゼンの貧民街のハズレに落ちて両親を亡くしている。あの子はかろうじて生き残ったものの、なにぶんリヒタルゼンでしょ? あの子を不憫に思った人たちがかわるがわる世話してたみたいだけど、世話してた人たちがレッケンベルに仕事貰って連れていかれるたびに帰ってこない。そんなことが続いてたみたいだから、捨てられたと勘違いしていつしか心を閉ざしちゃって・・・。そんな折よ、あの子と出会ったのは・・・」
居間でクリシュナと対面に向かい合い、ルシアは経緯を話し始めていた。
「同じ赤髪だってこともあり、あの子は私のことを「お母さん!」って呼んで私の服の裾をつかんだのよ。それで情報を集めて経緯を調べたんだけど、ああ、この子は私が育てなきゃいけないんだなぁって、それから5年、まがいなりにも親子としてジュノーで暮らしてたのよ」
「なんでジュノー? ここに帰ってくりゃよかったのに」
「養うためよ。ジュノーを選んだのは魔法アカデミーで講師してればお金にも暮らす場所にも困らないし、それに加えて私の杖の強化する都合もあったし、それに・・・、あの子魔法の適正高かったから、ゲフェンでマジシャンにしてアカデミーで授業見せてたらセージになっちゃって、あれやこれやしてたら去年ソーサラーになっちゃったわ」
「あんたが親ならそうなるわな」
いきさつを聴いたクリシュナはあきれてため息をついた。
その頃・・・。
「ここどこ?」
パチッと目覚めたミスティアがあたりをきょろきょろと見まわす。そして
クリシュナの部屋から女の子の声で「ウワーン!」と泣き出す声が響き渡った。
「あ、起きたな」
「え?!」
突然の泣き声に驚くクリシュナをしり目に、ルシアはため息交じりにクリシュナの部屋に行き、べそをかいてるミスティアとともに戻ってきた。
「どこにも置いてかないから安心しなさい」
「ぐすっ・・・」
「なるほど・・・、そうなるのか」
ルシア親子の行動から何かを察したクリシュナ。
「ルシア、その子いくつさね?」
「ん? 確かもうじき10歳かな?」
「10歳か・・・」
ルシアの綺麗な赤髪が白髪になった経緯を想像したクリシュナだった。
(まだ親離れはしそうにないわね)
「まぁこんな調子だからね。独立するまでは面倒みる気よ」
「あんたがいいなら別に文句はないわ。母さんにはなんていうのよ?」
「母さんなら4年前から知ってるわよ」
「え?!」
「4年前にジュノーに呼んで、正式に養子に取ったから、プロンテラに帰るまでは秘密にしてもらってね」
ソファーに座ってからも、ルシアの服をつかんで離そうとしないミスティアの頭をなでるルシア。
「じゃ・・・じゃあその子って・・・」
「ミスティア・フラウディッシュ。シャナ家の家名はないけれど、私の娘だからね。いくら父さんがいないとしても、母さんの許可はいるからねぇ」
「はぁ・・・、あんたには驚かされることばかりだわ。あら、もうこんな時間?」
「どうしたの? 姉さん」
「ん? もうじき下宿生が昼ごはんの為に帰ってくるなぁって」
クリシュナは立ち上がり、居間の窓から天高く登った陽の光を見上げた。
「どういう生活してるのかわからないなぁ」
「お母さん、トイレ・・・」
「はいはい。こっちよ」
そう言ってルシアは女所帯のトイレにミスティアを連れて行く。
「姉さん、下宿生ってみんなモンクなの?」
「そうよ。弟子を取らない代わりに下宿させるってことで、カピトリーナには伝えてあるわ。それで生活してる」
「ふぅん・・・」
「言ったでしょ? あんたが帰ってくるまで・・・
「そうだったね」
笑いあう二人。
「先生ただいまー」と一人目のモンクが帰ってくると、そこから5人ものモンクが続々と帰ってくる。
計6人のモンクが揃うと、クリシュナは全員居間に並ばせてルシアとミスティアを紹介した。
「アンタたちみんなお姉さんなんだからね、仲良くしてあげてね」
『はーい』
「ミスティアちゃんも、今日からここがあなたの家なんだから、遠慮はしないでね」
そう言ってミスティアの頭をなでるクリシュナ。
ミスティナは顔を赤らめてルシアの太ももに顔を埋めて離れようとはしなかった。
翌日・・・。
クリシュナはルシアとミスティアを連れてシャナ家を訪れていた。もちろんルシアの帰省とミスティアを紹介するためだ。
それとクリシュナは、ルシアにル・アージュの双子の子供を紹介したいという気持ちがあった。
「事後報告か・・・。家族会議もせずに・・・」
「アレス! 事後報告でもいいでしょ! こうしてルシアが無事に帰ってきたんだから」
不機嫌な弟をたしなめる(?)クリシュナの一言。
「リンクは?」
「母さんが了承してるなら文句はないよ」
「私もリンク兄様と同意見です」
リンクの後に続くパルティナ。
「それに・・・、姉さんの髪をみたら何も言えないよ」
リンクの言葉にうなずくパルティナ。
この二人はルシアと再会した時、あの美しかった赤髪が見事なまでに白髪になっていたのを驚いたくらいだからだ。
「黙っていた母さんも母さんだが、まぁ無事に帰ってきただけ許してやる」
「兄さん・・・。男孫ができせいか丸くなったね」
「うるさい」
ルシアの言葉に顔を赤らめてそっぽを向くアレス。
「・・・で、姉さんはどうやってジュノーに通うのさ」
「その点は大丈夫。蝶の羽をつかうから。そのための帰省なんだから」
「まさか・・・」
「そう。行きは私がミスティナを抱いて蝶の羽根で飛ぶ。帰りはミスティアの手を握って蝶の羽を使わせる。この子がまだ小さいからできる芸当ね」
「そんなことができるのか・・・」
「ジュノー、リヒタルゼン間で検証済みよ。抜かりはないわ」
笑って答えるルシアにリンクはあきれていた。
「それにしても、よくそんな若さでソーサラーになれたな」
アレスがルシアの陰に隠れてるミスティナを見てつぶやいた。
「この子は精霊に愛されてるからねぇ。ソーサラーになるべくして生まれた子だわ」
ルシアはミスティアの頭をなでる。お腹を痛めて産んだ子じゃなくても、ミスティアを見るルシアの目は母親のそれであった。
そしてその夜、シャナ家はルシアの帰省を喜ぶ会食となった。
翌朝
「ミスティア、起きなさい! いつまで寝てるの」
クリシュナの女所帯でルシアが娘を起こす声が響き渡る。自身はすでにソーサラーの衣装に着替えている。
「あんたが早起きするなんてねぇ・・・。親としての自覚か」
「そんなんじゃないわよ。放っておいて泣かれるのが面倒なだけよ」
「それが親としての自覚ってやつよ」
ハハハと笑うクリシュナに対して、呆れた顔でミスティアの服を変えるルシア。
「ほら、顔を洗いに行くよ」
寝ぼけ眼の娘を連れて洗面所に行くルシア。
(ルシアなりに苦労してるのね。子育てに・・・)
家を出たとき、綺麗だった赤髪が、15年の歳月で白髪に変わるほどの生活をしてきたかと思うと、クリシュナはちょっと涙腺が緩んだ感じがした。
「伯母さんおはよー!」
女所帯に元気よく現れたのは姪のネリスだった。
「フレアー! ネリスが来たわよー」
「おはようございますネリス様」
「今日は何作るの?」
「今朝のメニューはこちらになります」
「ふんふん・・・、わかった。じゃあ私はハンバーグ作るね」
エプロンをつけて厨房に入るネリス。
「へぇ~。本当に花嫁修業してるんだ」
「ルシア伯母さん、ミスティアちゃんおはよ!」
洗面所から戻ってきたルシアが食堂の椅子にミスティアを座らせる。
おとなしく髪を整えるルシアが、ミスティアの髪にクラシカルリボンを結ぶ。その様を見ていたクリシュナがルシアに尋ねる。
「そのリボン、アンタのじゃなかったの?」
「ん? これ? そうよ。娘にやった」
さらっと答えるルシアにクリシュナは意外そうな顔でルシアを見た。
(あれほど気に入ってたリボンを娘に譲るなんてねぇ・・・)
「何? 姉さん」
「いや、意外だなって・・・」
「?」
ミスティアの髪にクラシカルリボンをつけたルシアは、娘を伴い居間のソファーに腰を下ろした。
「今日からまたジュノー?」
「いや、1週間ほど暇をもらったから、娘とプロンテラ回ろうと・・・」
「ここで生活するならそれもありか・・・」
そう言ってルシアの対面に座るクリシュナ。
「とりあえずここでの生活に慣れてもらわないと、一人で起きたときに泣かれるのは困るわ」
笑ってない笑顔でクリシュナに答えるルシア。
そうこうして下宿生が起きてくると、ミスティアはルシアの腕を取り、影に隠れるように様子を見る。
「ルシア、今日はどうするのさ?」
「ん~? リンクの家に行ってネリスのおさがりでも漁るわ」
「ネリスのおさがり?」
「リンクのことだから、小さい頃の服が残ってるんじゃないかなぁ~って」
「ああ、あいつのことだから残してるかもね」
「さすがにソーサラーの服を年がら年中着させるわけにもいかないでしょ」
クリシュナはルシアを見て突っ込んだ。
女所帯でのファッションセンスと言うか、年がら年中ソーサラーの姿だった妹の恰好を思い出すと、娘まで一緒というわけにはいかないのだろうとクリシュナは思い口をつぐんだ。
昼頃
「リンクいるー?!」
リンク宅についたルシアとミスティアを迎えたのはパルティナだった。
「あら姉様。兄様をお探しで?」
「リンクはいる?」
「はい。今日は非番なので、・・・多分書斎かと思います」
「入らせてもらうわ」
「・・・で、ネリスの小さい頃の服が欲しいと?」
「物持ちのいいアンタなら取っておいてると思ってねぇ。あ、ネリスの許可は取ってるわ」
「確かにありますよ。パルティナ、案内してやりなさい。カギはこれだ」
「はい兄様」
そうしてパルティナにリンク宅の納戸に案内されると、ルシアとパルティナは、ネリスの子供のころの服を探し始めた。
もともと小柄なネリスの服は簡単にみつかった。あとはミスティアが着れるサイズをさがすだけであった。
夕方
「ルシア伯母さんおかえり。私の服あった?」
女所帯でルシア達を迎えたのはネリスだった。
ルシアはちょっと屈み気味の姿でネリスに左のひとさし指を立て「しー・・・」と小声でネリスに答えた。
「洗い替えやらなんやらで、下着ともども何着かもらってきたわ。パルティナ、クリシュナ姉さんの部屋に運んでおいて」
「はい、姉様」
「伯母さん、なんで小声なの?」
「こういうことよ」と言いながらルシアが振り向く。その背中には、ぐっすりと眠るミスティアがいた。
ルシアが居間のソファにミスティアを下ろすと、ルシアは自分の太ももをミスティアの枕になるように座った。
「ほんとあんたに懐いてるわねぇ」
クリシュナがルシアの対面に座る。
「10歳ならもう少し親離れ感があるのに・・・」
「捨てられたくないのよ。もう・・・」
ルシアはミスティアの頭をなでながら言った。
「リヒタルゼンの貧民街で保護したって言ったでしょ?」
「そう言えば言ってたわね」
「私が調べた結果、保護した人たちがレッケンベルに連れられて行くたびに帰ってこなかった。それで捨てられたと感じて心を閉ざしてたのところで私と会った。実の母親と勘違いしたんでしょうね。飛行船が落ちたときに母親が亡くなったってことを受け入れられなかったんじゃないかな?」
「それであんたを?」
「自由に生きてきたツケが回ってきたんでしょう。だから、残りの人生はこの子と生きていくって決めたの」
「そっか・・・。アンタがそこまで言うなら何も言わないわ。ここを自由に使いなさい」
「ありがと、姉さん」
ルシアは自分の膝を枕に眠っている娘の頭をなでながら微笑んだ。
「・・・でも、10歳でソーサラーって、早すぎません?」
パルティナが素朴な疑問を投げかけた。
「姉さんにも聞かれたけど、もともと魔法の才があったのよ。留守番させても泣くだけだからね、ずっとそばに置いてたら・・・
悪びれず話すルシアを見て、パルティナは力なく笑った。
こうして、15年もの長い旅路から帰ってきたルシア。娘を伴いジュノープロンテラ間を今日も講師としての仕事に飛び立つのであった。
長きにわたり綴った女所帯の物語は、まだまだ続くだろうが、それはまたの機会に語らせてもらおう。
終劇
# by lywdee | 2022-09-20 16:02 | Eternal Mirage