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Eternal Mirage(207)

 季節は夏から秋へと変わり、過ごしやすい気温になってきたプロンテラ。
 その城下町を飛ぶ二匹のグリフォン。ロイヤルガードのリューディーとヴァーシュである。
「よし、噴水の前で小休止だ」
 リューディーの一言に頷くヴァーシュ。二人はグリフォンを操り、プロンテラ中央の噴水までおりてきた。
 二人がグリフォンから降りると、二匹のグリフォンは噴水の水を飲み始める。その光景を見ていたヴァーシュは流れるような銀髪をなびかせ、黙ってグリフォンを見ているリューディーの横顔を見つめていた。
 二人は何を話すわけでもなくベンチに腰を下ろすとそこへ、小さな男の子を連れた女性が、男の子に引っ張られるまま噴水の前に来た。
「わー、ぐりふぉんだー」
「これ! 聖騎士様の邪魔になるでしょ!」
「いいですよ別に、うちのグリフォンはおとなしいですから。ロット、いつまでも水飲んでないで撫でさせてやれ」
 リューディーがそう言うと、彼のグリフォンは振り向き、男の子の前で伏せるのだった。
「わー、ふっさふさー」
「すいません、この子のために・・・」
(りゅーさん優しいなぁ・・・)
 男の子はグリフォンに抱き着いたり頭をなでたりして満足したのか、母親と一緒に手を振り噴水から離れていく。
 リューディーは手を振り応えるとやおら立ち上がりグリフォンにまたがる。
「そろそろ衣替えの時期だろ? お前のとこの衣替えが近づいたら言ってくれ。暇にしてやる」
「そんな・・・、無理に合わせなくてもいいですよ」
「そうか? 私は別にかまわんが・・・。それより、12月かららしいぞ。女性だけの部隊作るって話題が本気になるのは」
「え?」
「なんだ、聞いてないのか? 前々から話題にはなってるだろ? お偉いさんたちは男女混合の遊撃部隊から何人かの女性騎士をまとめて再編成するらしい。セクハラを訴える女性騎士も多いらしいからな」
「そうですか・・・」
 ヴァーシュは何故か胸の前でこぶしを握る。何故かはわからないが、胸のあたりが苦しく感じられた。
「お前さんもいつまでも私にくっつけられるのもなんだろ? お互い冒険者として扱いを受けてるとはいえ、女性としての悩みもあるだろ」
「私は・・・別に・・・ゴニョゴニョ・・・」
 視線を外して口ごもるヴァーシュ。リューディーはそれを見てため息をついた。
「私も遊撃部隊の部隊長やらされてるが、城のお偉いさんは冒険者のまま階級をくれるような口ぶりだ。前より自由に動ける機会は減るだろうな」
「私もですか?」
「たぶんな。だからいつでも言ってくれ」
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「私が師団長に推薦してやる」
「そんな・・・、私なんかが師団長なんて・・・」
「その気がないならしばらくは私にくっつけられるぞ? 遊撃部隊にはそれなりの権限というか、自由があるからな」
「りゅーさんは、私と一緒じゃ嫌なんですか?」
 ヴァーシュは張り裂けそうな胸の内をかかえてリューディーに尋ねた。
「そうは言ってないが、男と組んでるとそれなりの不便さはあるだろ? 現に私だって・・・、いや、なんでもない。それより報告だ。城に急ぐぞ」
「はい・・・」
 こうして二人はプロンテラ城へとグリフォンを飛ばした。
 道中ヴァーシュは、うつむいたままリューディーの後を追う。
(なんだろこの気持ち・・・、わからない)
 自身に目覚め始めた気持ちがヴァーシュを苦しめる。
 理由もわからぬ胸騒ぎが、このあと理解するまでそう時間はかからなかった。

「ごちそう様・・・」
「はいって・・・、どうしたのヴァーシュ? そんなにご飯残して・・・」
「食欲がわかないんです・・・」
 夕食時、ヴァーシュは夕ご飯を残して自室へと帰る。

 パタン

(なんだろこの気持ち・・・? 私・・・、どうかしちゃったのかな?)
 答えの出ない気持ちを抱き、ヴァーシュは鎧を脱いで部屋着になり、バサっとベッドに寝転んだ。
 それまでなんとも思わなかったリューディーとの行動。だが、改めて考えると2年もずっとリューディーの部隊の一員として扱われていたのが、急に師団長へと推薦すると言われ、何かが狂い始めた。
 師団長への推薦の件は過去に何度か言われている。そのときは冗談だと聞き流してきたが、今回は少し本気な気がした。
 ヴァーシュは、自信に芽生えた不思議で不安な思いを理解できぬまま、そのまま眠りにつくのであった。

-翌日-

「今日は警護任務だ。いつもどおり二人での行動になる」
「はい・・・」
 朝から悶々とした気持ちのままヴァーシュはリューディーの後を追った。
 今日の任務はロイヤルガード西方方面部隊長の護衛である。最近になってグラストヘイムで冒険者が倒され続けるという問題が発生して、騎士団か聖騎士団のどちらかを調査に送るということになり、その部隊長を警護するという特別な任務を与えられたのだ。
「どうしたヴァーシュ、顔色が悪いぞ」
「大丈夫です! なんでもありません」
「そうか・・・? ならいいんだが・・・」
 ゲフェンからグリフォンを飛ばしてグラストヘイムへ向かう道中、リューディーはヴァーシュの様子が変だと感じたが、任務中であるため先を急いだ。
 グラストヘイムにたどり着くと部隊長は城と呼ばれる建物の前で勢ぞろいしている考古学者たちと話を始めていた。
 そのあいだリューディーとヴァーシュは、部隊長に言われるがまま周囲の状況を確認するため別行動になった。
(どうしたんだろ? 私・・・)
 心なくグラストヘイム内を歩くヴァーシュ。そんな心境でさまよっていたためか、ヴァーシュは背後から迫る気配を感じられずにいた。
 そしてそのまま迫りくるものの気配が放つ殺気に気付くのが遅れた。
(え?! 深淵の騎士?)
 近づきすぎて反撃の態勢も後退することもできないまま、ヴァーシュは深淵の騎士が放つブランディッシュスピアを間近で受けてしまった。
(殺される!)
 グリフォンから離され、武器も落としてしまったヴァーシュに迫る深淵の騎士。
 だが次の瞬間ヴァーシュの目の前に空から飛びこむ一つの影が光を放った。
「グランドクロス!」
 その影はリューディーだった。
 リューディーの放つグランドクロスで深淵の騎士は倒されたが、同時にリューディーも、深淵の騎士の刃を受けただけではなく、高所から飛び降りたことによる足が骨折してしまった。
「迂闊だぞ、ヴァーシュ・・・」
「りゅーさん! りゅーさん!!」
「このバカたれが・・・」

 結局のところ、調査に出ていた部隊長も収穫のないまま、リューディー達はプロンテラに帰るのであった。
 そのまま休暇を与えられた二人、リューディーは自己ヒールで回復したからいいものの、ヴァーシュは自宅でベッドに顔をうずめて泣いていた。
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(嫌われた・・・、絶対嫌われた・・・!)
 ヴァーシュは初めて抱いた気持ちが何だったのかを、今はっきりと理解した。
(バカだ・・・、私はバカだ・・・。師団長のことだって、部隊編成のことだって・・・、離れたくなかっただけだったんだ)
 シーツにどんどん染みていく涙。ヴァーシュは深く顔をうずめ、嗚咽が響かないよう、音をたてぬように泣いた。
(りゅーさんのことが・・・、好きだったんだ・・・!)
 ヴァーシュは今、はっきりとリューディーに恋心を抱いてたことに気付いた。
 同時にそれを理解すると、涙があふれて止まらなかった。
(もう合わす顔がないよぉ・・・。どんな顔して合えばいいのさ?)
 ヴァーシュはもう何が何だか分からなくなってきた。自分のせいで傷ついたリューディーに謝ることもできず帰ってきてしまった。それがよけいにヴァーシュの心を傷つけていく。


 その頃男所帯では・・・。

「セラフィー・・・、自分のせいで女の子泣かせたことはあるか?」
「なんだ改まって?」
 リューディーは、工房で鋼鉄を作っているセラフィーに問いかけた。
「俺に惚れてる女の子なんていないさ」
「そうか・・・。私は、泣かせてしまった・・・」
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「深く考えすぎじゃね?」
「そうだろうか? 私にはわからない・・・」
「とりあえず謹慎中なんだろ? だったら行動すればいいんじゃね。お互い話し合わないと分かり合えるもんもわからんだろ?」
「今は・・・、そんな気にはなれない」
 振り向き自分の部屋に戻るリューディー。
「ふーん、俺にはお似合いのカップルだと思うんだけどなぁ」
 誰もいない工房で独り言ちるセラフィーだった。

 その夜

 コンコン・・・

「リューディー、少しいいか?」
「旦那か? 開いてるよ」

 ギィ・・・

「ヴァーシュを泣かせたそうだな?」
「セラフィーが言ったのか? すまない、旦那に迷惑かけそうだわ」
「事実ならしかたない。ヴァーシュももう年頃の女の子だ。今更おやじ面して何言えばいいのかもわからない」
「面目次第もないよ」
 白鳥は椅子に座ると、リューディーの顔をじっと見て何か考え事を始めた。
 リューディーにしてみれば気まずさ満点なのだが、自分がしたことが間違ってるとか、どうすればよかったのかさえ分からなかった。
「お前なら、娘を任せてもいいと思ったんだがな・・・」
「私がか? 冗談はよしてくれ。こんな不器用、誰が好きになる?」
「そう言うな。これでも既婚者だ。そんな経験何度もしてるよ」
「旦那ぁ?」
「そんな経験できるのはまだ若いってことだ。それで率直に聞く」
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「お前は、私の娘をどうしたいんだ?」
「・・・」
 黙り込むリューディーの言葉を待つように、白鳥は黙ってリューディーの目を見た。
 リューディーはため息一つこぼして「はぁ・・・」と息を吐いた。
「旦那だから正直に言う。私はヴァーシュを女として見ている。悪く取らんでくれ、ただ、優しいし綺麗だし、そのままだと任務に支障をきたしかねん。でも、それが彼女のためになるかがわからない」
「ふむ・・・。だから距離を置こうとして師団長に推薦してやるって言いたいのか?」
「旦那、どこでそれを?」
「たまたま仕事でプロンテラ内の警護をしていてな。悪いと思ったが立ち聞きしてしまった」
「はぁ・・・、まぁ、その・・・、なんだ・・・。これ以上コンビで任務を与えられたら本当に惚れそうになる。そうなったら遅い気がして、ヴァーシュを遠ざけようとしたのは事実だ」
「なるほどな。ヴァーシュが惚れるのがよくわかる。これでも父親だからな、娘の顔色みれば想像がつく」
「すいません」
「謝るな。私も、お前さんだったら娘を嫁に出してもいいと思ってる。それだけ付き合いが長いってこともあるがな」
 白鳥は微笑むと立ち上がりドアの前に立った。
「娘を幸せにしてやってくれ。ここから先はお前さん次第だ」
 そういって白鳥は出ていくのであった。
(私なんかにヴァーシュを幸せにしてやれるのか?)
 リューディーは窓を開けて暮れ行く空を見つめるのだった。

 翌朝リューディーはプロンテラ南の平原に呼び出された。
「ヴァーシュ、改まってなんだ?」
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「私、りゅーさんが好きなんです!」
 突然の告白。ヴァーシュは今にも泣きそうな顔をしている。
「嫌われたかもしれない。それでも私の気持ちを伝えずにはいられなかった」
 ヴァーシュの言葉にリューディーは少し戸惑った。まさまヴァーシュも同じ気持ちだったなんて想像もつかなかったからだ。
「本気・・・なんだな?」
「はい、これで振られたら私も決心つきます」
 ヴァーシュが本気で自分の事を好きだと言ったのが鈍感なリューディーでもわかる。
 それだけ自分がヴァーシュを追い込んでいたことが悔やまれる。
「私でいいんだな?」
「はい!」
 涙目になって答えるヴァーシュに、リューディーも男として腹をくくった。
「まぁ、その・・・、なんだ・・・。私からもお願いするよ。不器用なところもあるが、よろしく頼む」
 リューディーの不器用な返答。それでもヴァーシュにはこの上ない言葉だった。
 グリフォンから飛び降り抱き着くヴァーシュ。
 そして二人は、人目もはばからず口づけをかわすのであった。

「よかったねヴァーシュ・・・」
「そうだねぇ」
 誰もいないはずのプロンテラ南の木陰で、一部始終を眺める二人の女性。クリシュナとルシアだった。
 二人はヴァーシュの様子が変だったのに気づいて話を聞き、こうなる算段を立ててヴァーシュに進言したのだ。
「帰るよ。二人の邪魔はできない」
 そう言ってクリシュナはワープポータルを出し女所帯へと帰っていくのであった。

  by lywdee | 2017-10-03 13:02 | Eternal Mirage

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