桜舞う季節を迎えたプロンテラ。それとは無縁の地にネイ、ネリス姉妹は春でも暑い日が差すモロクに来ていた。
「お姉ちゃーん、まだぁー?」
「ん? もう少しよ。あとでアイス買ってあげるからおとなしくついてきて」
わずかな手持ち袋をもつネイが、大量の荷物をカートに載せたネリスを引き連れる。
二人はモロクの街を北西に向かって歩いていた。するとネイがネリスを外に残し、一軒の民家に入っていった。
「これでよし! やっと部屋が片付いたわ」
「ナーハト、元気してた?」
「きゃあ!」
ネイは薄暗い部屋の中にいた一人のギロチンクロスの女性に背後から抱きついた。
「セリス! いつからそこにいたの?!」
ネイの事をセリスと呼んだギロチンクロスの女性は飛びのいてベッドに背中から倒れた。
「あー・・・、まだ私の事セカンドネームで呼ぶのね。相変わらずね、ナハトは・・・」
ネイはナハトと呼んだギロチンクロスの女性を引き起こし、ベッドに飛び乗って彼女の顔を見た。
「うちに来てまで何の用よ?」
「つれないなー。いいじゃん、アサシンギルドの同期だし、ナハトにしか頼めない事だってあるんだから」
顔をそむけたナハトファルター(以後ナハト)に対して、ベッドで頬杖ついて微笑むネイ。
「はいはい・・・、どうせ猛毒の瓶でも作ってくれとでも言いたそうね? 材料は持参よ。わかってるでしょ?」
「さっすがナハト、話が早い」
「同期じゃなかったら追い出してるわよ。セリスもわかってるでしょ?」
両手を腰に当てネイをにらむナハト。それに対しベッドから起き上がり「ははは」と照れ笑いするネイ。
「材料はその袋に入ってるのね? ふむ、これなら1時間もあればすぐ終わるわね」
「あはは・・・それが・・・、材料は外にもあるんだけど・・・」
「はぁ!? モロクで荷物を置いてるなんて盗まれたいの! 今すぐ持ってきなさい!」
「だーいじょうぶよー。妹が見てるから。いっぱいあるからついてきて」
「妹?」
ナハトはいぶかしんでネイとともに外に出た。
「お姉ちゃーん! おっそーい!」
「ごめんごめん。あ、ナハト、この子うちの妹ね」
「ネリスと言います。お姉ちゃんの親友だって聞いて・・・」
「セリス! あんたこんな小さな子を外で待たせてたの?! 信じられない!」
「ははは」と苦笑いするネイ。ネリスはその剣幕に押され、口をぱくぱくしてたが、当のナハトはネイの首を絞めてた。
「ネリスちゃん、暑かったわよね? 中に入って冷たいジュースでもだすわ。セリス! あんたは材料を私の部屋に運んで!」
そう言ってナハトはネリスを連れ家の中に入っていった。
30分後。
「ナハト―、全部いれたよ」
「ほんとどうしようもないお姉ちゃんね・・・。ネリスちゃん、苦労してるでしょ?」
ナハトは食堂でネリスとジュースを飲んでいた。もちろんネイに聞こえるようにわざと無視してしゃべっていた。
「ナーハート―・・・! 聞いてるぅ!」
「はいはい・・・、で、何十個作ればいいわけ?」
「とりあえず500個分もってきた。ナハトならすぐでしょ?」
「はぁ! 何言ってるの! 500個分何て! 1日じゃ終わらないわよ! 何考えてるのさ?!」
「ほらお姉ちゃん、やっぱり怒ったでしょ」
ジュース片手に呆れるネリス。
毒の知識はないものの、伯母であるルシアがコンバーター作るときもかなり時間がかかることを知っているネリスは、ため息ついてネイの顔を見ていた。
「私はセリス担当の毒師じゃないのよ! 手数料取るわよ!」
「そこはその・・・、同期のよしみで・・・」
「同期じゃなかったら追い返してるわよ! まったく・・・」
文句を言いながら作業に入るナハト。その後ろでちらちらと製毒作業を見るネイ。
「気が散るからベッドで寝てなさい! それが嫌なら外で時間つぶすなり帰るなりして!」
ふと沸いた疑問。ネリスはネイに「お姉ちゃんは作れないの? 同じギロチンクロスなのに・・・」と聞いた。
「あーそれは・・・」
「製毒試験で赤点取ったのよ、セリスは・・・」
「ナハト! それ言っちゃダメ―!」
ネイは顔を真っ赤にしてネリスの耳をふさいだ。まぁ手遅れではあるが・・・。
「実技じゃ負けるんだけどねー。製毒になるとさっぱり・・・うぐぐっ!」
ネイはナハトの口を両手でふさぐ。
その光景を見てネリスは笑った。
「お姉ちゃん。邪魔になるから帰ろ? どうせお姉ちゃん一人じゃ持ち帰れないんでしょ?」
「うーん・・・、仕方ない。ナハト、私達帰るわ」
「そうして。明日の昼にはできてると思うわ」
そうこうして、二人がプロンテラに帰ったころには日がとっぷりと暮れていた。
時間は戻って、夕方のプロンテラでは・・・。
「なんだ、帰ってたのか」
ル・アージュの実家の廊下ですれ違う親子。
「帰ってちゃ悪いの? ここ私の家よ?」
「別に・・・。ゆっくりしてけ」
「な?!」
口数少なく書斎に入っていくアレス。ル・アージュは拍子抜けな感じで居間に戻って行く。
「なんなの? 一体・・・?」
居間ではル・アージュの姉「ファ・リーナ」と母「サラスヴァティ」の二人が待っていた。
「どうしたのルア? きょとんとして・・・」
ファ・リーナが椅子に座る妹をみて声をかけた。
「いや、父さんが・・・」
姉の顔を見て書斎を指さすル・アージュ。
「感じ変わったでしょ? お父さん」
「うん、てっきり愚痴を言われるかと・・・。どうしたのさ? 母さん」
腰を下ろして母に問いかけるル・アージュ。
「いろいろあってね」
そう言ってサラスヴァティは微笑んだ。
「パルティナに説教されて、お父さんも少し反省したのよ。ルアが自由に帰れるようにね」
「ふーん」
「勘違いしないであげて。お父さんはお父さんなりにルアの事考えてるのよ」
「それは・・・、わかってるつもりだけど・・・」
「だったら話すけど、お節介になるけど聞いてくれる?」
「うん」
「お父さんはね、その気があれば彼氏さんとうちで暮らしてもいいとお父さんは言ってるのよ」
「はぁ?!」
ル・アージュは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「わわわ私達まだそんな関係じゃ・・・」
「でも付き合ってるんでしょ?」
「そうだけど・・・でも!」
「落ち着いて聞いて。彼氏さんにも聞いたけど、二人ともまだ住む家決まってないんでしょ? お互い家は違うけど居候の身なんだし、新しい家が決まるまではここで暮らしていいとお父さんは言ってるのよ」
「ま、まま、まだお互い新居だなんて・・・」
もう恥ずかしくてル・アージュはしどろもどろに答える。
「ふふふ、ルアも大きくなったって事よね。お母さんはうれしいわ」
サラスヴァティはなおも話を続ける。
「子供の頃は、お父さんにずっと付きまとってたのに、騎士になって反抗期迎えて・・・、義姉さんの所で大きく育っちゃって、お父さんはちょっと悔しがっていたのよ」
「父さんが悔しがる? なんで?」
「ふふふ、義姉さんに預けたことで、騎士としても女としても立派に育っちゃって、親なのに何もしてやれなかったってね」
「父さんがそんなことを・・・」
「だから強がって、先を考えて、結果離れていっちゃったってことにね」
「ルアが伯母様の家に逃げた時から、お父さん痩せちゃったのよ」
ファ・リーナがル・アージュの手をとって微笑む。自身も姉として何もできてないと思っていたからだ。
しかし、ル・アージュはそれだけですぐ変われるほど強くはなかった。
「今はまだ無理かもしれないけど、お父さんのことをあまり悪く取らないでね」
「母さんがそういうなら・・・、でも・・・」
「いいのよ少しずつで。ただお父さんも反省してるようだし、悪く取らないであげてね」
「うん、わかった」
時同じくして男所帯では・・・。
カーン! カーン! カーン! と鎚の音が響くセラフィ―の工房。そこにメカニック「セラフィー」と鎧姿のロイヤルガード「リューディー」がいた。
「そうか、まだ出ていかないんだな」
「ああ、今はまだお互い結婚式も新居への引っ越しも考えてない。むしろ仕事の方が増えちゃってな。それどころでもない」
「まぁ、なんだ。新婚費用に金貯めなきゃいけないんだろ? うちらの生活費はどうとでもなる。いつまでいても困らんから、二人でゆっくり話してればいいさ」
「すまないな・・・」
「別に謝ることでもないさ。今日明日にでも出てくってわけでもないし、そういうことは出ると決まってから言えばいいさ。・・・と言うことは?」
「当面の間は軍同行だわ」
「新人担当ってことかい?」
「そうなる。とくにオートスペル部隊に入りたい新人が増えてな、グランドクロス部隊の大半がそれぞれ新人をつけられることになったから私もその中に・・・。細かいことは軍規の都合でしゃべれんが、ヴァーシュも女性限定の部隊に配属されるから、お互い忙しくてそれどころじゃなくなった」
ため息混じりのリューディーの言葉に、セラフィ―はねぎらいの言葉しかかけてやれなかった。
まぁ二人が正式に付き合うことになり、うれしさ半分間が悪かった点も否めないが、この二人は同じ部隊の期間が長かった分会えない時間が増えるのは覚悟していた感があるとセラフィーは思っていた。
だが、リューディーがマスタークルセイダーに婚約したとヴァーシュとともに挨拶に行った分、休暇だけは会えるよう、お互いの休暇は合わせてもらっているらしかった。
「ヴァーシュはなんと言ってるんだい?」
そこにルーンナイトの「白鳥 悠」が声をかけてきた。
「ヴァーシュとは休暇しか会えないが今は仕方ないと・・・」
「まぁお互いの気持ちが固いのは知ってる。娘を幸せにしてくれるなら、私からは何も言わない」
「助かります、旦那」
そして翌日。
「ネリスー! お姉ちゃんだよー!」
女所帯の玄関でネイが叫ぶ。
「お姉ちゃん、声がでっかい!」
「そんなことより、今日も付き合ってくれるんでしょ?」
「お姉ちゃん一人じゃ持ちきれないんでしょ? わかってるって」
昼日中からの姉妹の会話。
「早く行かないとまたナハトに愚痴言われるからね。さっさと行って用事済ませましょ」
こうして二人がカプラサービスの元へと歩いて行く。
そこへ見慣れた髪型のルーンナイトが走ってくる。ル・アージュだ。
「あら、ネイ姉さんネリスとどっか行くの?」
「ちょっとモロクまでね。それより、ルアこそどうしたのよ? そっちからくるって事は大聖堂にでも彼氏に会いに行ってたのかしら?」
「残念。お姉ちゃんを大聖堂まで乗っけてった帰りよ。昨日は実家で寝てたから・・・」
「へー、珍し。じゃあ私達行くわ。また今度ねー」
そう言ってネイとネリスは出かけて行った。
その頃大聖堂では・・・。
「あら、リーナちゃん。早かったわね。もうじき交代の時間かしら?」
「パルティナ叔母さんこんにちわ。ルアにここまで乗せてもらったんですよ。それで予定より早く・・・」
「へー、兄様何か言ってたのかしら?」
「ルアにね、たまには顔出せ程度のことは言っていましたが、なにか?」
「とくになんとも・・・、あ、刹那君こんにちわ」
「お、こんにちわ」
ちょうど大聖堂の祭壇前で揃うアークビショップの3人。
聖堂内では他にもABはいるのだが、派閥があるわけでもなく雑談している者は少なくはないが、そこは大聖堂、プリーストやハイプリーストの面々はそれぞれお付きのABに指導してもらっているらしい。
中でもプリーストにいたっては、世にいう冒険者でありながら大聖堂の仕事をもらっている者もいる。つまり退魔指導や支援の勉強を先輩であるABに見てもらっているというのが正しいのだろう。
「ギルドにでも入ってりゃハイプリーストになるのも早いものを・・・。いっそのことファ・リーナも支援ではなく退魔ABにでもなってればいいのにな」
「時津先輩には言われたくありません!」
「そっか? 支援だと一人だときついだろうと思っただけなんだがな」
「刹那君、退魔だけが司祭の仕事ではないのですよ」
「パルティナ様に言われると反論できませんな。ところで、レイを見なかったか? そろそろ孤児院から戻ってくるはずなんだが・・・?」
「さぁ? 私たちも今しがたきたばかりなので・・・」
周囲をきょろきょろと見渡す3人。そこへ来たのは渚 レイではなく、一人のシスターだった。
「すいません、時津神父、渚神父からこれを・・・」
そう言ってシスターは、時津 刹那に手紙を渡した。
「何かあったのですか?」
「ああ、孤児が一人波にさらわれたらしい。急いでロイヤルガードのグリフォン部隊に連絡してくれとのことだ」
「あら大変! すぐにでも聖騎士団に連絡を・・・!」
「ファ・リーナはすぐ聖騎士団を大聖堂前まで連れてきてくれ。私は現地のポタを取ってくる。急いでくれな」
「はい!」
こうしてファ・リーナは王宮に向かい、事情を説明して一個師団のグリフォン部隊を大聖堂前へとワープポータルで送る。その頃には時津 刹那も大聖堂入り口で待機していた。
「ポタを出します!」
時津 刹那がワープポータルを展開し、光の柱にRG部隊とともにファ・リーナと時津 刹那も柱の中に飛び込む。
結果グリフォン部隊が到着したことで海上に浮かぶ渚 レイと孤児1名が発見される。
事なきを得た司祭やシスターたちが急いで救出した二人を大聖堂へとワープポータルで送る。
後日、渚 レイが風邪を引いた程度で問題は解決した。まぁ渚 レイが孤児を抱え海上に立ち泳ぎで浮いていたおかげで発見は早かったので、これはこれで正解だったのだろう。
最後に、ファ・リーナがル・アージュにこのことを伝え、ル・アージュはしばらく騎士団に休暇をもらい渚 レイの看病をしていたことを伝えよう。
プロンテラは桜が舞い散る季節にはいっていた。